みなさまこんにちは!林です。
いつもディープスポットをご紹介するスタッフの中西から
突然、「林さん、京都に古墳があるの知ってる?」と尋ねられました。
「コフン?コフンって古墳ですか?」
「京都が好き!」とか言いながら、京都に古墳があることなど全く知らなかった私。
街なかでビルの立て直しなどの時に、遺跡調査を行っているのはよく見かけますが、
古墳があるとは!しかも山の方でなく、結構街中なんです。
その話を聞いて、私の隣の席に座っているスタッフHは
「わたし、考古学者になりたかってん!エジプトで発掘したい!!」
と…
本当に権太呂にはおもしろい人材が揃っています。
これは行かねばなりません!というわけで、
嵐電に乗って帷子ノ辻から5分ほど歩いたところにある
蛇塚古墳を訪ねてみました。
住宅にぐるりを囲まれて、公園かな?と見間違うようなかわいらしい古墳です。
もとは全長75mの前方後円墳であったようです。
現在は後円部中央にあった石室部分だけが残っています。
この太秦一帯は、秦氏が栄えており広隆寺や平安京造営費用の一部を負担するほどの
財力があったそうです。この秦氏一族の墓ではないかといわれています。
この奥にどなたかが眠っていたのですね。
こんなに大きな石をよく積み上げたものです。
奥から入口の方を見ると、こんな感じです。
蛇塚古墳は京都市の文化財保護課に申し込みをすると内部を見学できます。
地図を見ると、近くにもう一つ古墳があるので足を伸ばしてみました。
垂箕山古墳です。宮内庁の管理なので中に入ることは出来ません。
桓武天皇の皇子、中野親王高畠墓で、こちらも全長75mの前方後円墳です。
外からでは形はよくわかりませんが…
6世紀頃に築造されたと推定されています。
なんだかおもしろくなってきて調べてみたらもう一つ
近くにありました。こちらは天塚古墳。
嵐電天神川の駅から歩いて10分くらいでしょうか。
これも住宅地の中にあります。鳥居をくぐると…
古墳の周りを歩けるよう歩道があり、どんどん奥へ行くことができます。
こちらは古墳の頂上(?)なだらかな丘のような感じです。
前方部の古墳頂上。
さらにぐるりと歩いて
石室への入り口がありました。
奥にはお社がありました。
天塚古墳は全長70mのこれも前方後円墳。
6世紀前半の築造と推定されています。
「前方後円墳」という言葉は社会の教科書以来久しぶりに耳にしました。
こんなに身近なところにあったんですね。
京都には、古墳群と呼ばれるものがいくつもあるんだそうです。
みなさま、ご存知でしたか?
すぐに見学できるところもたくさんあるので、考古学者にあこがれた方、
ぜひ行ってみてください!!
では、タイムトリップの旅にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
(林)