みなさま、こんにちは。
6回目の登場となります、調理部の柴田です。
3月になり寒さも緩まってきたこの頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?
春も目の前となり心浮かれる日々ですね。
今回は清水寺の参詣道を進みながら途中の寄り道をご紹介したいと思います。
阪急河原町駅の1B出口より出て木屋町通を松原通りまで下ります。
京の都から清水寺までの参詣道は、
松原橋を渡り松原通りを東へ進み清水坂へ向かうこの道が最も一般的でした。
松原橋は豊臣秀吉が五条大橋を現在の位置に架け替える前はこの地にあり、
牛若丸と弁慶の決闘があった「今日の五条の橋の上」とはこの橋の上を指します。
松原橋から北側を望む
川端通を越えると途中には京都の風情を感じられる通りもあります
東大路通に出るまえに何の変哲もない交差点
ですがこの交差点の名は「六道の辻」
この辺りは「鳥辺野」(大谷本廟から清水寺の下付近)へ葬送する際の野辺送りの場であったため
「六道の辻」と呼ばれ、この世とあの世の境と言われていたそうです。
六道の辻の横には「西福寺」という、嵯峨天皇の皇子が病気から回復したことから
子育て地蔵で知られるお寺があります
境内にある無数の地蔵は水子供養のようです
また西福寺の向かいには子供を産み亡くなった母親の亡霊が、残した赤子に飴を買い与えた伝説の残る、
幽霊子育飴で有名な「みなとや」というお店があります
このあたりの町名は「轆轤(ろくろ)町」と言います
かつてこのあたりから多くの「髑髏(どくろ)」が掘り出されたことからこの名がついたそうです
「六道の辻」からさらに進むと「六道珍皇寺」というお寺があります
入り口はこんな感じ
入り口の横には「六道の辻」の石碑
さらに横には「小野篁(たかむら)卿旧跡」の石碑
境内はこんな感じ
「迎え鐘」があるお堂
お堂の中央部に太い紐があり、これを引っ張ることで堂内で鐘が鳴ります
八月の七日から十日までの四日間は「六道まいり」が行われ、
ご先祖様を迎える鐘を鳴らしに来る人が多く訪れます。
このお寺には小野篁作の閻魔大王像と小野篁像が祀られています。
閻魔大王像
小野篁像
小野篁は昼は嵯峨天皇、夜は閻魔大王に仕えたという伝説の人物で、
このお寺には篁が使ったとされる冥土に通じている井戸があります。
祠の右側に見えるのが「冥土通じの井戸」です
冥土への往復に使ったとの説もありますが帰り道にのみ使用し、
行きは鳥辺野と同じく葬所であった嵯峨野の化野に冥土に通じる井戸があり、
そちらを使用したとの説もあります。
松原通は東大路通を過ぎる辺りから観光客の姿も多くなり、五条坂、三年坂と合流すると人通りは激しさを増し、
テレビなどで見る混雑した清水寺の参詣道になります。
市内中心部から清水寺に向かわれるときはこの道を通り、伝説を感じてみてはいかがでしょうか?
おまけ
「六道の辻」を南に下れば空也上人立像などの重要文化財を多く蔵している、「六波羅蜜寺」があります。
「六波羅」は「轆轤原」から転じて名付けられたとの説があります(諸説ありますが…)
調理部 柴田